虹の理由

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「どうして虹を描くのか」という質問をしばしば受ける。無理もない、虹を描き出して四分の一世紀もたってしまったのだから。                           

 「虹は希望の象徴だ」と一度答えて、すましてみたいものだと思う。「虹は幸福をもたらすから」でもいい。或いは「虹はぼくにとって宇宙のすべてだ」とぼそぼそつぷやくのも芸術家らしく様になるかもしれない。                 

  アメリカの一九六七、八年ヒッピー華やかなりし頃、人を見ればチョキの指をかざし「ピース」と言い合ったものだ。長髪のひげづらをお互い見れば瞬間に警戒心が消え信頼という蛋気楼がたちこめ、そこに年寄りどもがまったく知らなかった新しいビューティフルな世界が若者達にやって来たと有頂天だった。ベトナム戦争をアメリカの若者はそこにトゥイストした心理があったにせよポジティブなユートピアに変えた方法にぽくはまったく共鳴し、すばらしい事のなり行きにあれよあれよとわれを忘れた。この「ピース」をそっくり頂いて「虹でピースを願いたい」と虹の理由の答えにしたことがあった。しかしそのあと一週間ほどどうしても次から次へとその言い訳が口をついて出て心中穏やかでなかった。

 後悔せずに虹の理由を答えるにはやはりぼくだけの誰からも借りなしの素朴な言葉を使ってということになるが、そうすると「長くなるのですが」という前置きがくる。五分程は真剣に、十五分もたつとこの人は何を冒っているんだろうといかがわしい目つきになり、三十分で芸術家はしょせん人種がちがうんだということになる。しまったと気ばかり焦るというわけだ。それがテレビのインタビューでは事態はもっと深刻なコメディだ。虹の理由の答えがはっきりしないうちはその先へ一歩も遭めないと人々は思い込むのだ。ぼくはぼくで三時間もしゃべれぽその多少でも説明がつくかもしれないと期待してしまうのだ。日本のテレビの美術番組で最長はNHKの四十五分で、それも生きている内は不可能という。

 まず「ぼくは絵を描き始めた頃からパレットのすべて一の色を使わないと気がすまない癖があった」と話し始める。「緑というえのぐがあるのに、キャンバスに播いた絵に緑が使ってないと何か不安になるのだ」といって話し相手を伺う。ぼくを変質者と思い始めるのではないかと心配するからだ。そして唐突に「ピカソに青の時代というのがある。二、三年程育い絵ばかワ描いていた。次がピンクでこれも何年かを費やしたのだが、そのようにすべての色の仕事を片っ端からやっていったのでは、ぼくの人生がいくつあってもたりないと思ったのだ。そこで一つのキャンバスには必ずすぺての色を使うことにしたのだ。」と言い始める頃から聞き手はいらいらした感じになってくる。「一九六二年ぼくは絵描きをやめると決心した。又もしぽくが視覚を問題にしたらスペクトルの色すべてを同時に使ってそれを解決しようと心にきめた。その時虹が向こうからやってきた。」と言い始め、そして次に触覚や嗅覚の仕事の話を始めると相手はこの先を不安がる。でもこれがぽくが手さぐりした道だったのだ。初め点描で虹のスペクトルを描いたが、平行線のグラデーションで描く方法がぼくの問題解決に適していることにすぐ気がつき、二十五年間それをつづけた。六色から百九十二色までのグラデーションの仕事を経験したが、二十四色が一番標準的な数だと納得し、これを世界中の一ヶ所を選び作品を掲げたいと思っていた。今年の六月パリのエッフェル塔に塔の高さと同じ長さの三百メートル・幅五メートルの二十四色のグラデーションの虹をあ-げた一一今や何十時間ものそのための説明が必要だと思っているぼくに人々はきやすく質問するのだ。「エッフェル塔の虹はどんな意味があるんですか」。〈画家〉

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