機能的脳疾患に対するガンマナイフ治療応用

現在、最新医療としてここ日本でも、各疾患分野において様々な治療技術が応用されるようになった。その向上たるや目を見張るものとなっている。われわれ脳神経外科領域においても決して例外ではなく、ここで紹介するガンマナイフ治療はまさに時代のニーズに応えた最先端治療として注目され続けている。

ガンマナイフとは読んで字の如く、周囲正常脳組織を傷つけることなくガンマ線を用い、まるで脳病変をナイフで切り取るかのごとく根治せしめる治療法として知られている。つまり、開頭手術をせずに脳病変を治療・コントロールできる、きわめて低侵襲(= minimum invasive)な治療法なのである。正式にはstereotactic Gamma Radiosurgery (定位的放射線手術)と言い、201個のコバルト(Co60)が線源となり半円球状かつ同心円状に配置され、それぞれから放出されたガンマ線がちょうどその中心に集束するよう設計されている。個々のガンマ線は非常にエネルギーが低く、頭皮・頭蓋骨・脳組織を通過し目的位置に達するまでにかなりのエネルギーが消耗されてしまうほどだ。しかし、201個全てのガンマ線が集束する唯一点に限ってはかなりの高エネルギーが得られ、脳内小病変に対する高線量一括照射が可能となった。つまり、一般に用いられている放射線治療とは異なり、骨髄機能抑制や脱毛といった従来起こり得る合併症なくして、安全に脳内病変の治療を可能にした。また専用の頭部固定フレーム(Leksell Stereotactic Frame)を用いることにより、照射部位への機械的精度は0.1mm以下に抑えられ、かなり精度の高い治療に仕上がっている。MRIを中心とした画像技術の進歩も大いに本治療の発展に寄与している。治療目的に合わせ詳細に撮影条件を決め、専用ボックスを装着した状態で検査を行う。その後、ガンマナイフ専用コンピュータへ全ての画像情報をインポートしwork station内で処理を行う。治療計画専用ソフト(Gamma Plan: ELEKTA Instruments AB)を駆使することにより、リアルタイムに画像の再構成や立体イメージを瞬時にデイスプレイすることが可能となり、かなり詳細かつ綿密な治療計画が行えるようになった。特に最新機器の台頭により、治療が安全かつよりスムーズに行われるようになってきている。中でも、APS(=Auto Positioning System: ELEKTA Instruments AB)の登場に伴い、各shot毎のmanual操作が不要となり、患者さんにとっても医療スタッフにとっても時間的な負担がかなり軽減した。そして何よりも、非常に綿密かつ安全な治療が行えるようになった。 

コバルト(Co60)を用いたガンマナイフは、1968年Leksellらにより当初は機能的疾患治療目的に開発された。その後はむしろ、主に脳腫瘍や脳動静脈奇形の治療オプションとして世界中に知られるようになった。日本へは1990年に第1号機が導入され、治療開始以来10年が経過したことになる。日本では現在、31施設で稼動しており治療症例総数は30,000 人に達している。それは世界治療症例総数の実に21%を占めている。各疾患における治療症例数の割合は世界のスタンダードとほとんど違いがない。しかし、機能的脳疾患に対する治療症例数の割合が極端に少ないこと(日本:1% vs 世界:5%)、一方で転移性脳腫瘍の割合が非常に高い(日本:38.9% vs 世界:24.7%)などの特徴があげられる。

脳腫瘍や脳動静脈奇形に対するガンマナイフ治療は、その効果や安全性から適応あるものに関しては非常に有用な治療法として認められるようになった。一方で、難治性てんかんや難治性疼痛を代表とした機能的脳疾患に対するガンマナイフの新たな応用は、画像技術や機器システムの更なる発展に伴い、その治療精度の向上や治療効果が世界各施設で報告され始めている。

われわれラ・ティモンヌ大学病院 機能脳神経外科(C.H.U. La Timone, Marseille, France)では非占拠性病変難治性てんかん、特に内側部側頭葉てんかん(Mesial Temporal Lobe Epilepsy: MTLE)に対するガンマナイフでの治療応用を世界でも先駆けて行い、独自に開発されたプロトコール(3rd European Protocol)に準拠し治療を行っている。対象となるのは、数年に渡り多種多様の抗痙攣剤投与を中心とした内科的療法を施されたにもかかわらず、一向に改善を認めない患者であること。また、慎重な術前検査や検討にて扁桃体海馬内にのみ発作焦点をもつ内側部側頭葉てんかんであると確認されている患者に限っている。数十項目にわたる独自の詳細なデータベースと今までの治療経験をもとに、てんかん専門医や神経生理医とのミーテイングを頻回に持ち検討する事によって、厳密に治療適応を決めている。当プロトコールでは扁桃体海馬-海馬傍回の一部を中心とし、50%の治療域を7,000 mm3 前後とし、24-25Gyで照射するという方法を用いて治療に当たっている。成績として、2年以上follow可能(最長7年)であった16例中、13例 (81.3 %)が完全な発作消失へと至っている
(Engel class I)。また、治療後経過は非常に興味深く、治療後より平均12.8カ月までは発作の内容自体に変わりなく経過する。しかし、その平均12.8カ月時に突然消失する。また、発作が消失する直前に発作前駆症状のみが一過性にその数を増し、平均16カ月で消失へと至る。

一方、本治療は比較的大き目の照射域で治療を行わねばならないことから、経過中radiation induced edema (放射線照射に伴う脳浮腫)を伴う例が多く、症状の程度に合わせステロイド治療を必要とする。これはMRI画像上の変化として捉えられ、発作消失が得られた後、数ヶ月遅れ最大となる。その後、徐々に軽減し平均24カ月でそれらの所見はほぼ正常化し、症状も完全に改善する。その他、16例中4例で視野障害を認めたが、生活上支障をきたすものではなかった。現在、これらの治療経験に基づき、今までの治療計画に関する分析も含めて、よりmorbidityの少なく更に効果的な治療法 (4th European Protocol)の確立を目指している。本治療は欧州に限らず、米国においても非常に評価されており、ここ1-2年のうちに米国内でもmulticentrial study(他施設共同研究)が行われると聞いている。

難治性小児てんかんの中でも、治療に苦渋する疾患の一つに視床下部過誤腫(Hypothalamic hamartoma)がある。笑い発作や脱力発作、もしくは思春期早発症にて発症し、全身性痙攣や知能低下へと発展し得る内科的治療抵抗性の疾患として知られている。これは視床下部という脳のまさに中央下部に位置しており、さらに周囲には視神経やその他脳神経・脳動脈が複雑に存在していることから、手術的にアプローチするのに非常に困難な場所にあると言える。疫学的に症例数の少ない疾患である事から、つい先日当施設を筆頭に東京女子医科大学を含めmulticentrial studyが行われ、ガンマナイフでの治療効果が検討された。その結果、8例中4例で発作消失(Engel class I)。2例で顕著な改善(Engel class II)。残り2例で軽度の改善(Engel class III)が認められた。効果はいずれも数ヶ月以内に見られている。効果が不十分であった2例に関して、過誤腫に対する線量自体が低かった(13Gy以下)ことが原因の一つあったと推測している。これらの検討から、辺縁線量(治療対象周囲にかかる線量)17Gyが治療効果閾値になると結論付けられ、現在独自のプロトコールに準じ治療にあたっている。

ガンマナイフによる難治性疼痛治療の一つとして、三叉神経痛治療が現在日本でも盛んに行われるようになった。術前、独自の条件設定を施したMRIにより、三叉神経の場所を正確に同定し、その描出を出来る限りクリアーにするよう心掛けている。MRIにより生じ得る “歪み”の可能性を、常にCTスキャンを同時に行うことにより克服し、0.1mmの単位でこだわれる治療法を実践している。病側三叉神経は直径が平均して3mmに満たないため、より詳細かつ確実な治療計画を必要としている。前述した最新機器APSでは、現在0.5mm単位が限界である治療を、更に精度の高い0.1mmを最小単位とした治療へと実現可能にしてくれた。治療プロトコールに関しては、ターゲット位置と照射線量の観点から現在世界的に2方法に大別されている。ここラ・ティモンヌ大学病院では、その一法にあたる独自の治療プロトコールが組まれており、三叉神経末梢部(錐体骨三叉神経切痕上)に最大線量90Gyで基本的に治療を行っている。その際、脳幹に対する被照射線量が問題となるが、当プロトールではうまくスペアできるように工夫されている。既に治療経験数は200例を超え、その内110症例の臨床研究を行った結果、初期完全疼痛消失率が93%に認められた。

しかも、顔面知覚障害などの合併症率は2.8%と極めて低く、効果が得られるまでの平均日数は約3週間であった。一方術後、再発により追加治療を必要とする患者が14%存在した。

これらの結果は他手術的療法と比較しても決して劣ることのない治療成績を誇っている。

日本の数ある施設の中でも、東京女子医科大学では当施設との共同研究下、同様のプロトコールにて三叉神経痛の治療にあたっている。

一方で、難治性疼痛の代表とも言うべき癌性疼痛に対する治療もガンマナイフで行われている。定位的脳外科手術と同様の発想でガンマナイフにて視床破壊術を行いその効果も報告はされている。しかし、われわれはかつて癌性疼痛に対し行われていた下垂体破壊術に準じ、下垂体柄をターゲットとし、最大線量を160-180Gyとしたガンマナイフによる治療を行っている。まだ、報告数は世界的にも少なく作用機序も未明ではあるが、尿崩症・下垂体機能不全等の重篤な合併症なくして完全除痛が得られる治療として注目している。術前痛みがあまりに強く、そのコントロールのためモルヒネ投与を余儀なくされてはいたが、術後劇的な改善のためモルヒネの投与を全く必要としなくなった患者も経験している。適応は、その疼痛の原因が骨転移巣にのみ起因するもの。今までの疼痛治療で効果不十分なもの。治療に耐え得る全身状態を保っていられるもの。そして、モルヒネに効果がみられる疼痛であることが重要である。本治療法は昨年11月パリで行われた、フランス脳神経外科学会総会にても取り上げられた。神経学・機能的脳手術発祥の地であるフランスにおいても、その治療としての可能性に反響を呼んだ。

以上はガンマナイフ治療としてかなりトピックスであるため、ガンマナイフ専門医に限らず、この領域に関する治療応用が現在の日本においても当然望まれているし、急務であると考えられている。その中、今年4月12-14日の3日間、東京女子医科大学において、日本のガンマナイフ専門医を対象とした機能的脳疾患に対するガンマナイフ治療の実践トレーニングコース・JAFRC(Japan Advanced Functional Radiosurgery Course) 2001開催が決まった。

講師はわれわれラ・ティモンヌ大学、Dr.REGIS(レジス)と私が主に務めることになる。我々の経験・理論をもとに特にてんかんや疼痛に対する治療の実際が展開されることになる。

この日、ヨーロッパいや世界のスタンダードが、日本に導入されることになる。今苦しんでいる患者さんを一人でも多く、安全にしかも確実に治療できることそのものが、自分にとって本当の目標であり“夢”そのものなのである。その“夢”をまさに現実のものとするために、当日はもとより、残されたここフランスでの日々を精神誠意、臨床・研究で費やしていきたいと思う。


林 基弘

service de Neurochirurgie Fonctionnelle et Stereotaxique

C.H.U. La Timone, Marseille, France

264 rue Saint-Pierre, 13385, Marseille, France, cedex 05

E-mail: GKRmoto@aol.com

(東京女子医科大学 脳神経外科 在籍)

堀 智勝