「小脳・脳幹」の役割はどのようなものか


東京女子医科大学 脳神経外科

平澤研一

 小脳・脳幹は大脳の下方に存在します。臨床的に形態上で重要なことは,後頭蓋窩と呼ばれる部分におさまっていることです。よりくわしくいいますと,小脳・脳幹は小脳テントと呼ばれる頑丈な膜により大脳と境されているのです。もちろん,脳幹は大脳とつながっておりますが,それはテント切痕という。小脳テントの隙間を通してつながっているのです。この頑丈な膜があることにより,小脳・脳幹は大脳のしめる容積のわずか10分の1の後頭蓋窩におさまることとなるのです。このため,小脳に出血をきたした場合など,突然に容態が悪化することもあるのです。先にお話しした側頭葉の鉤は,外傷等で脳が腫れた際にテント切痕を介して後頭蓋窩に入り込もうとするために脳幹を強く圧迫してしまうのです。
 さて,まず小脳ですが,ここは大きく2つに分けることができます。小脳虫部と小脳半球です。小脳虫部とは小脳半球にはさまれた狭い部分で,細かいしわが入っており,確かに虫に見えなくもありません。ここは,体のバランスをつかさどります。ここがやられると体がふらふらしてしまって,まっすぐ座ることすらできません。麻痺がないのにふらふらしてしまうのです。一方小脳半球は小脳の大部分を占める大きな領域ですが,ここは四肢の運動が円滑に行くように支援する場所です。ここが障害を受けると,專門用語では測定障害といいますが,指先をねらった場所に持っていくことができなくなるのです。どの程度力をいれれば目標に届くかがわからなくなってしまうのです。しかし小脳は案外余力のある臓器で,広い範囲がやられても,何ヶ月かたてばかなり機能が回復する,といわれています。
 脳幹は,生命の中枢です。大脳から出た命令がここを通り手足に向かったり,手足からの情報がここを通り大脳に向かうことはもちろん,呼吸する中枢,心臓や血管をコントロールする中枢,ものをなめる,噛む,飲み込むなどの中枢,腸管運動を調節する中枢,また吐く中枢などがあります。これらは脳幹網様体といわれる神経細胞の網の目のようなネットワークの機能です。網様体の中には大脳に向かって信号を出すものがあり,上行性網様体賦活系といわれ,意識を維持する働きをしているといわれています。また脳幹を外から跳めると脳神経といわれる神経が左右対称的に出ていますが脳幹から出る神経はおおまかに10に分けられています。これは主に頭部に関与する神経で、左右それぞれ12本ずつあります。先の脳幹網様体のコントロールを受け、眼球を動かす、ものを噛む、表情を作る、飲み込む、涙を出すなどの直接の指令を伝えています。
 最後になりますが,視床下部についても触れておきます。視床下部は脳幹ではなく,第三脳室といわれる,脳の真ん中にある脳室の壁に存在し,間脳に含まれます。その働きは脳幹のように生命そのものではありませんが,植物機能を司る役割をしており,生命の維持に極めて重要な働きをしています。この働きは各種のストレスの中でも体内の環境が一定に保たれるように調節する働きであり,ホルモンの分泌や自律神経を介して全身の状態をコントロールするのです。例えば体温の中枢は体温が下がると皮膚の血管を収縮させ,また鳥肌を立たせます。さらに筋肉をふるわせて熱を生み出します。体温が上がれば血管が拡張し,汗をかいて熱を放散します。視床下部内のある部分は尿量の調節や,飲水を通じ体内の水や電解質のバランスを保ちます。また,満腹中枢や摂食中枢があり,食事量を調節します。性的な発達に関する中枢も存在し,そこが障害されると思春期早発症といって幼児に乳房が発達したり,陰毛が生えることがあります。逆に性機能の減退が起こることもあります。