側頭葉てんかんの手術解剖

東京女子医科大学脳神経外科 堀 智勝
鳥取大学医学部脳神経外科  竹信敦充

本稿を2つの章に分けてまず1章では側頭葉てんかんに必要な解剖学について概
説する。 2章では我々が行っている側頭下接近法による選択的海馬・扁桃体切
除術についての手術方法について詳しく説明する。
第1章 側頭葉の解剖
脳溝で深い溝が脳には3つある。 第1は中心溝である。 第2は第1側頭回
と第2の間の脳溝である上側頭溝(superior temporal sulcus)である。 第3は脳
表には無いが、側頭葉の基底部にある、紡錘回と海馬傍回とを分けている側副溝
(collateral sulcus)である1)。 このように側頭葉には重要な脳溝が2つあること
をまず銘記すべきである。
側頭葉の外側面は上下側頭溝により上・中・下側頭回に区分される(図1)。 ま
た側頭葉の上面(シルビウス裂内で側頭弁蓋に相当)は横側頭溝(Heschl溝)により、
前方より極平面・横側頭回(Heschl横回)・側頭葉平面(temporal planum)に区分さ
れ、外界からの情報を正しく認知し記憶するという重要な機能がある。 左では
言語性情報の修飾および記憶、右では視覚性情報の処理(物体の認知)・記憶が主に
行われているが、中・下側頭回における機能の局在はまだ明確にされていない2,3)。
a) 上側頭回
a-1)聴覚皮質:外側溝内の横側頭回には一次聴覚野(BA41)が局在し、その周
囲を聴覚連合野が取り囲んでいる。 この両者を併せて聴覚皮質と呼ぶ。 音
情報はまず一次聴覚野へ投射され、各周波数毎に単音の弁別が行われる。 そ
こには音の周波数に対応する神経細胞が後内側から前外側へ順序良く配列し
ている。 聴覚野にて弁別された単音は聴覚連合野に送られ、音の聴覚的理
解(雑音なのか言葉なのかの区別)が行われる。 一次聴覚野の電気刺激で
は雑音やめまいを感じる4)。
a-2)聴覚周辺野(BA22):右半球の聴覚周辺野では音楽の旋律や音程の認識処
理が行われている。 左の上側頭回後半部の聴覚周辺野はウェルニッケ野に
相当し、感覚性の言語野として聞き言葉の認識および意味理解が行われてい
る。 また側頭葉平面の聴覚周辺野は言語性情報の処理(言語の理解および
組立)を行っていると推測されておりウェルニッケ野に含まれる。 つまり
ウェルニッケ野は聞き言葉の理解だけでなく、文字の読解や書字・発語にも
関係している。 電気刺激により呼称障害の生じる部位が言語野と同定され
るが、Ojemann GAらの結果によると側頭葉での言語野は上−中側頭回後半
部の広い範囲に存在しており、しかもそれは各個人で変異に富んでおり、1
カ所で1-2cm2と小さく限局性である(図2)5)。 特に早期より左側頭葉て
んかんのある症例では言語野が側頭葉前半にある可能性も指摘されている。 
従って言語優位側側頭葉での手術では術前あるいは術中の言語野の同定は必
須と思われる。 言語野はその周囲1cmを含めて温存すれば言語機能の永
続的障害を来さないと報告されている(図3)。 この部位で意味理解され
た言語情報や音楽は、その後方の角回で視覚情報などと関連付けられ、同時
に海馬・扁桃体による意味づけが行われた後に、必要に応じて側頭葉新皮質
で記憶されるものと考えられる。  外側溝の後上行枝および側頭葉平
面は左右の非対象性が顕著な部位であり、1968年のGeschwindらの最初
の報告6)では65%が左の側頭葉平面の方が広く、24%で同じ、11%で右
が大であった(図4−1,2)。 我々のてんかん患者におけるTalairach
式定位血管撮影による近似計算では左>右 (32/39:82.1%)であった7,8)(図5)。
Geschwindらの数値はかれらがsylvius裂に平行に脳を切断したために、右
sylvius裂はその後部において急峻に前方に傾斜しているので実際より小さく、
左はむしろsylvius溝に平行に近いので、左右側頭葉平面の表面積の差は
Geschwindらの方法によれば左右差が実際より大きくなるはずである。側頭
葉平面の左右差に着目した点がGeschwindの偉大な点であろう。 分裂病患
者では左の側頭葉平面が右より狭いという報告や9)、両側の上側頭回の灰白質
体積が有意に減少しており、さらに妄想を主な症状とする症例では左上側頭
回後半部の体積の減少が特徴的であったとする報告がある。実際に正しく計
測するには側頭葉平面をきちっと露出して計算すべきである。MRIで計測す
れば正確のように思われるが、大事なのはMRIの読みであり、側頭葉平面を
の範囲をMRIで正確に同定できなければ、結局誤りとなることを銘記すべき
である。 我々の方法ではすべての患者で言語優位半球をアミタール試験で
確認してある点に意義があり、またタレラックの定位血管撮影からの近似計
算は実測値に近い値を生体で算出できる点に特徴があり、我々は方法・結果
に自信を持っている。
b)中・下側頭回(BA21,20,37)
まだ未解明の部分が多い脳回であるため、中・下側頭回が一緒に扱われる事が多
い。 猿を用いた実験では、ある特定の願望や図形に特異的に反応する細胞が確
認されており、ヒトでも視覚性の情報に対する高次の認識作業が行われている。 
Damasio Hらのアメリカ人を対象にしたPET所見あるいは臨床症例による研究
では、左側頭葉には前方より後方へ順に人名、動物の名前、道具の名前が記憶さ
れているとのことである10)。 もちろん3種の文字(漢字、ひらがな、カタカナ)
を使う日本人では英米人の言語野より複雑であることが予想される。 もし同様
の配列であるならそれ自体が抽象的概念を示す漢字の記憶部位はより後方に存在
すると推測される。 実際に左側頭葉下部の腫瘍で漢字のみの失読(漢字の意味
は理解可能)を呈した症例を我々は経験しており、漢字の形態認知は後頭葉との
境界部(BA37)で行われている可能性が高い。 ひらがなの読解は形態認知による
ので内言語による黙読を経てから音韻的に認知される事が多く、臨床例からもそ
れが角回と後頭葉との境界部で行われていると示唆されている。 このような日
本語の特殊性は、たとえば文章を速読する時に漢字は見ただけで即座に意味理解
が可能であるが、ひらがなは黙読してから文節を区切って文章を組み立てなけれ
ば意味が理解できない点を考慮すれば理解できる。カタカナ単語は外来語や動物
名に対しているので側頭葉にも関連が有ると思われる。 左側頭葉の前方では単
語あるいは文節、文章の記憶が行われる。また側頭葉てんかんが早期よりおきて
いた患者では側頭葉の前方に言語野が存在していたとの報告もある11)。 ヒトが
外界の物体あるいは事象を記憶する際には、形・色・大きさ・匂い・感触・味な
どの各感覚皮質からの情報および運動や位置に関する頭頂葉からの情報が海馬体
に一旦集合し符号が付けられる。 さらに扁桃体により、それが自分に対して有
益か、危険か、快か、不快か、などの情動的情報・価値観が付加される。 その
ような記憶は海馬体を経由して各感覚連合野にバラバラに送り返され長期間記憶
され、また再生される。 新たな物体や事象にあった場合にはこれまでの記憶と
比較することにより、対応が決定される。 右側頭葉には特に物体を視覚性に認
識するための様々な記憶が蓄えられていて、電気刺激により物の大小や形、色の
誤りが出現する部位がある。
C)側頭極(BA38)
扁桃体とのつながりが強く、大脳辺縁系との中間皮質に属する。 側頭極から上
側頭回前半部の電気刺激で眩暈感あるいは浮遊感が生じるとされているが、我々
の検討では上側頭回後半でこのような反応が得られている(図6-1,2)。
D)紡錘状回(BA20)
側頭葉底面において後頭側頭溝と側副溝との間に形成される脳回は、その形状か
ら紡錘状回と呼ばれる。 左ではウェルニッケ野との間に相互の線維連絡がある
ため、電気刺激あるいはその部に起始する発作により同様の言語障害が生じたと
の報告が有り第4番目の言語野とされている12)。 しかし臨床的には切除を行っ
てもなんら言語障害は生じない(図7)。
大脳辺縁系(Limbic system)
新皮質と対比していわゆる古い脳を代表するものであり、種族保存・自己保存な
どの本能的、情動的行動と特に関連が深く、自律神経系の最高中枢である視床下
部に対してある程度の制御を与えている。
a)辺縁系の発生:海馬体の起源である原始皮質は最も早期に形成される皮質で、
初期には終脳の半球内側面に位置している。 やがて新皮質の発達に伴い大脳が
形成されると、増量した新皮質は後方にて下前方へ回旋して側頭葉を形成するよ
うになるが、脳梁が背尾部へ発達するにつれて原始皮質も脳梁膨大部を迂回して
側頭葉内側部に移動して海馬体を形成するようになる。 しかし海馬体の側頭葉
前方への発達はやがて扁桃体で妨げられてしまい、一方で海馬吻側部は退化して
脳梁灰白層−歯状回−海馬および脳弓−海馬采のようなC型のアーチが形成され
る。 終脳半球部に位置していた古皮質(paleocortex)も側頭葉新皮質の発達と共
にその内側部へおしやられ、やがて海馬傍回となる。 扁桃体(amygdala)は原線
条体より発生したもので尾状核・被殻と起源を同じくし、分化後も尾状核尾およ
び被殻と接しているために、扁桃体の発作波は容易に線条体に伝搬する。
b)辺縁系の解剖および機能13)
b-1)海馬傍回:解剖学的にも発生学的にも側頭葉新皮質と原始皮質(海馬体)の中
間に位置する皮質で、その前半部はその形態により特に梨状葉(pyriform gyrus)と
呼ばれ、鈎(uncus)と嗅内野(entorhinal area)に分けられる。 鈎の前半部は扁桃
体の皮質内側核群とそれを覆う未分化な皮質よりなり、半月回(semilunar gyrus)
および迂回回(ambient gyrus)に相当する。 後半部は海馬頭部とそれを覆う未分
化な皮質よりなり、辺縁内回(intralimbic gyrus)およびジャコミニ帯(band of
Giacomini)と呼ばれる(図8)。 両者の境界線は海馬溝(hippocampal sulcus)に
一致する。 鈎の上後方へ屈曲した形態は海馬傍回の前方への発育が扁桃体によ
り妨げられたためか、あるいは海馬采(fimbria)により鈎先端が固定されたためと
推測されている。
嗅内野(BA28)は鈎溝(uncal sulcus)の外下方、嗅溝の内側に位置し、新皮質感覚連
合野と海馬・扁桃体との間の連絡線維の入出力の要となっており、障害により記
憶障害が出現する。 一方で側頭葉てんかんにおける新皮質への発作波及に関与
しているため、焦点切除に際しては手術成績を高めるために切除の対象とされて
いる。 MRIによる観察では、側頭葉外側部の髄鞘化が遅延しているのに、嗅内
野の線維は生後1.5ヶ月よりすでに髄鞘化しているのが観察される。
b-II) 海馬体
海馬体はアンモン角(cornu ammonis)、歯状回(dentate gyrus)、および海馬支脚・
台(subiculum)で構成され、これらと関係ある線維系(海馬采・脳弓・海馬交連)
なども含まれる。 冠状断で観察すると前三者は互いに噛み合った形態をとり、
その境界に海馬溝と采歯状回溝(finbriodentate sulcus)を形成している。 海馬支
脚から歯状回に至るアンモン角は組織学的に4つに分けられ、順にCA1-4と呼ば
れる。 嗅内野を介する海馬体への入力は海馬溝を貫通して歯状回に入力する穿
通経路(perforant path.)と海馬白板を通過してアンモン角錘体細胞に直接入力する
白板経路(alvear path.)の二つがある。アンモン角の錘体細胞の軸索は白板を形成
後に海馬采に収束し、脳弓を介する最大の出力として乳頭体(mamillary body)に
至る。 この結果として形成される海馬傍回―嗅内野―海馬―脳弓―乳頭体―視
床前核―帯状回―海馬傍回というパペッツの情動回路(内側辺縁系)は覚醒や感
情興奮に関係する一方で長期記憶への動機づけ、注意力にも関係している。
海馬体を脳幹側より観察すると、アンモン核は見られない。 しかし、その間接
的な隆起として海馬頭部に鈎回(uncal gyrus)および辺縁内回(intralimbic gyrus)、
尾部にアンドレア・レチウス回(Gyri of Andreas Rezius)および小帯回(fasciolar
gyrus)が形成されている。歯状回は鈎にてジャコミニ帯を形成した後に、歯状縁
(margo denticularis)として迂回槽内を海馬支脚と併走するが、やがて尾部にて退
化し灰白小束(fasciola cinerea)となる(図9)。 海馬体は3部分に分けられ、前
脈絡叢動脈が脈絡裂(tela choroidea)を貫く地点(inferior choroidal point)より前方
を海馬頭部、歯状縁が消失した後を海馬尾部とし、その間を体部と呼ぶ。一方、
側脳室下角を外側より開放するとその床部に沿って前内方に織り込まれたアンモ
ン角が観察される。 それは4−5cmの長さで扁桃体下方より脳梁膨大部の下
方にまで及んでいる。 その表面は海馬白板(Alveus)と呼ばれる白質で覆われ、
特に海馬頭部の表面には3−4個の指圧痕(hippocampal digitation)があり、海馬
足(pes hippocampi)とも呼ばれる(図10)。 通常数秒で失われてしまう各感覚
連合野での知覚や情動の記憶は、必要に応じて嗅内野を経て海馬体に転送され数
時間から数週間保持される(短期記憶)。 さらに長時間記憶する必要がある事
象は、嗅内野をふたたび介して各感覚連合野に送り出される。 海馬体の主な機
能は入力された異なる情報を連合させ、符号を付けて皮質連合野に転送し、皮質
連合野で長期記憶のための新たな神経回路が形成されるまでの間の記憶の短期保
持であり、長期記憶の再生・想起には必ずしも必要ないとされている。 左海馬
体は言語性のエピソード記憶(誰がなにを言ったとか、物語の記憶など)を、右
海馬体は視空間的エピソード記憶(いつ、どこで、なにを)に関与しており、パ
ペッツの回路は長期記憶を行うための動機付けを行っている。 従って、記憶優
位側の海馬体の電気刺激では刺激中の記憶障害が生じる。 側頭葉てんかんで両
側の海馬体が発作に巻き込まれれば発作中の反応性は良いが記憶は保たれない事
が多い。 発作波が両側の脳幹に波及すれば意識減損あるいは無動凝視となる。
B-III)扁桃体
側脳室下角の前端の前上部に位置する直径15mm程度の灰白質の塊である。系統
発生学的により古い皮質内側核群(corticomedial group)とより新しい基底外側核群
(basolateral group)の2群に分けられる。 この2群の構成パターンは哺乳類で共
通であるが、高等化するにつれて前者は退化し、後者が逆に発達してくる。 脳
幹側より観察すると、迂回槽の半月回の直下に扁桃体皮質核が存在し、脳室下角
を開放すると基底外側核が下角先端に突出している(図11)。 海馬体と扁桃
体は終脳の分化に伴い解剖学的に隣接するようになったらしく、実際に両者の間
には嗅内野を介した密な線維連絡は存在するが、直接の出入力は無い。 また扁
桃体はあらゆる感覚連合野からの情報が流れ込んでおり、扁桃体の元来の機能は
各種の情報へ生物学的意味付け(危険か安全か)を行うことである。 皮質内側
核群は腹側扁桃体路や分界条を介して脳幹や線条体への出力を行い、本能的(食
と性)あるいは情動行動(防御、逃避)に伴う内蔵性、自律神経性、ホルモン性
の反応を惹起するものと思われる。一方基底核外側群は嗅内野を介して海馬体お
よび新皮質との間で情報の相互の入出力を行っており、感覚刺激と情動の連合形
成や連合記憶に関与していると思われる。 すなわち扁桃体は外的刺激に対する
情動的反応を即時的に示す一方で、海馬体で記憶が保持される際に情動的な修飾
(恐怖や快感など)を行い、記憶が再度想起される度に同じ情動反応を呼び起こ
す機能を持っている。 また側頭極―扁桃体―視床背内側核―眼窩皮質―鈎状束
(unicinate fasciculus)―側頭極で形成されるヤコブレフの回路は底外側辺縁系とも
呼ばれ、情動性の記憶に関与している。
C) 傍辺縁系
C-I)島回insula・島限limen insulae・弁蓋operculum
島回は5番目の脳葉としてinsular lobeとも呼ばれ、通常は弁蓋(前頭弁蓋・頭
頂弁蓋・側頭弁蓋)で覆われているために外側からは観察されない。 輪上溝で
囲まれており、その前下部は島限と呼ばれる。 島回には眼窩回、前頭弁蓋(ブ
ローカ野を含む)、運動前野、補足運動野、一次および二次感覚野、側頭極、上
側頭回(ウェルニッケ野を含む)、扁桃体、嗅内野、視床からの入出力が存在す
る。 主に腹部内臓の感覚および自律運動を支配している。 言語野の存在を指
摘する報告もある。 電気刺激あるいはこの部位に起始する発作で漠然とした不
快感、上腹部の異常感覚、頻脈嘔吐などが出現することがある。 不整脈は時に
原因不明の突然死を招くことがある・
C-II)側頭茎temporal stem /albar stalk
前頭極と側頭葉を連絡する鈎状束と下後頭前頭束(inferior occipitofrontal fascicle)、
前交連後脚ならびに下視床脚で形成される。 側頭葉新皮質および扁桃体の入出
力線維が通過しており、海馬から海馬支脚を経て視床へ向かう線維の一部も通過
している。 損傷により健忘が生じる事が知られている(図12−1,2,3)。
C-III)帯状回BA23,24
大脳内側面の脳梁の上部にある前後に長い帯状の脳回で、パペッツの回路の一部
として視床前核から線維を受け取っている。

第2章 側頭葉てんかんに対するアプローチの概説と内側側頭葉てんかんに対す
る後外側側頭下アプローチ
 
I) アプローチの概説
最近の調査によるとてんかんセンターの殆どが局所麻酔下にtailored の切除術
を行う代わりに、全身麻酔下に標準的側頭葉切除術を行っている。 一般的には
言語優位半球では皮質を側頭極より下側頭回に沿って計測して2−6cm程度切
除しているが、大多数の外科医は切除範囲を5cm以下にとどめているのが現状
である。また上側頭回は切除しないか、なるべく小範囲にとどめている。 非言
語優位半球では切除範囲は2−6.5cmとなっており、上側頭回を残すか切除
するかは外科医によってまちまちである。外側にてんかん焦点が有る場合は、優
位半球側の手術では、硬膜下電極で言語野を術前あるいは術中(awake craniotomy)
に同定するのが一般的である。
また、外側・側頭葉基底部にも焦点があるような症例では図に示すように中心
溝をまず同定し、次にprecentral sulcusを同定し、外側溝との交点付近の側頭葉
の溝を後下方に辿る線を後方の限界とする側頭葉切除術で充分良好な成績が得ら
れている---Olivier14) (図13)。
非言語優位半球ではタレラックは外側側頭葉てんかんの手術の場合schemaに
示すような切除を行っていた(図14―1,2)。 術前に深部電極を挿入し自
然発作を記録し、その所見をもとに外側の発作焦点がirritable zoneである海馬・
扁桃体に伝播するので、外側皮質の焦点皮質切除を行い、中脳水道レベルより前
方までは皮質下の深部構造を含め、海馬扁桃体を切除し中脳が露出するまで充分
に切除する。 中脳水道より後方の白質を切除すると半盲をきたすので中脳水道
の直前で皮質下構造の切除を留める。 すなわち自然発作を深部電極で記録し、
発作焦点、刺激亢進帯、てんかん性病変帯を機能障害が最小に押さえられる範囲
で最大限の切除を行うのがタレラックの手術方針であった。これらの術式は現在
も言語性非優位半球の焦点例では、充分合理的な術式である15)。
図15はスペンサーらが報告している内側側頭葉てんかんに対するanteromedial
temporal resectionのschemaである16)。
この手術では中・下側頭回の3-3.5cmの切除と、扁桃体・鈎の大部分、海馬・
傍海馬回3-4cmの切除を行う。 内側側頭葉に焦点が有ると思われる場合、切除
は言語の優位性には無関係に同様に行われる。この手術は外側側頭葉てんかんに
は行わない。この手術は@exposure, Alateral neocortical resection, Bexposure
of the temporal horn, C resection of the amygdala, D mobilization of
hippocampus/parahippocampal gyrusの手順で行う。詳細は省略するので、原著
を参照されたい。この手術は最も標準的な内側側頭葉切除法として認められてい
る。
しかし、最近の選択的海馬扁桃体切除術の手術成績は従来の前部側頭葉切除術
と同じかより良いことを考えると、内側側頭葉に焦点があるてんかん(mesial
temporal lobe epilepsy)では、選択的海馬扁桃体切除術(selective amygdalo-
hippocampectomy)が最も非侵襲的であると言えよう。
Yasargilが考案した選択的海馬扁桃体切除術は経Sylvius溝法でありまず扁桃
体の一部を切除して下角に入り、海馬を同定し選択的に海馬扁桃体を除去する方
法であり、大変合理的な手術法である。 しかし、@技術的に非常に困難な手術
である点。 またこの方法では前脈絡叢動脈の近位部から接近するためにA手術
後に前脈絡叢動脈のれん縮をきたし、片麻痺などの後遺症が起きることも知られ
ている。 さらにB前述のtemporal stemをこの方法では多少とも切断するため
に、選択的海馬扁桃体切除術といっても側頭葉先端部などからの情報が出入する
stemを切除するので通常のtemporal lobectomyと同じであるとの考え方も可能
である。C側頭葉下角を上方から接近するので下角を上方から取り囲むように走
行している視放線を障害する危険がある。 Yasargilらは特にACについての全
体の成績を報告していない。 RenowdenらはCについて報告しているが、彼ら
は側頭葉の圧迫による視野異常と考察している。 Aについてはほとんど報告が
見られないが、personal communicationで幾人かの術者からspasmによる片麻
痺の可能性が指摘されている。

II) 内側側頭葉てんかんに対する後外側側頭下アプローチ
ではこれらの欠点を補いながら、選択的海馬扁桃体切除術を行う方法は無いも
のであろうか? 我々は選択的海馬扁桃体切除術を側頭葉下面から行う方法を考
案し、腫瘍症例3例を含む20例に経側頭下アプローチを施行してきた。 現在の
ところ側頭下アプローチで最も問題になる過剰な脳圧迫による脳の挫傷やLabbe
静脈の損傷による脳腫脹や血腫などを経験していない。 そこで本稿では我々の
手術法を詳しく説明する。
@ 体位:患側を上にしたsupine lateral approachを用いる。 可能な限り
Vertex downにするが、頚部の伸展が過度にならない程度とする。通常図
16のようにchin upで後頭部が前頭部より下がった頭位となる。 A皮切:
図17のごとく耳介を囲んだ逆U字型の皮切とする。前方は硬膜下電極・
深部電極を挿入したlinear incisionを利用する。 もし扁桃体の位置が高
い位置にある場合には扁桃体の除去が困難になるのでposterior petrosal
approachを用いるために、皮切は毛髪線に沿って乳様突起後部に延長する。 
B開頭:通常のsubtemporal approachではテント上のみにburr holesを
穿ち、posterior petrosal approachを用いるときにはcosmetic
mastoidectomyを行い、後頭蓋窩まで開頭(craniotomy)する。 閉頭の場
合にはチタンプレートなどを用いて、骨弁を戻しきちんと閉頭する。
Cアプローチの実際
硬膜は前回電極を挿入するための切開を延長し、∩字型に開頭部分一杯に切開
する。 しかし、後方の切開はラッベ静脈が横静脈洞に入る点であるsinodural
angleより後方に及ぶ必要はない(図18)。 むしろラッベが静脈洞内に移行
する点より後方に切開することは禁忌といっても良い。 側頭葉の挙上をする
際にラッベ静脈が牽引される場合には、側頭葉側面の硬膜の続きである錐体骨
の骨膜をはがして、それをテント方向に切開し後方の硬膜片で側頭葉後部下面
を覆いながら全体として挙上すればこのラッベ静脈の圧排を避けることが可能
である。 また側頭葉下面に大きな静脈が中頭蓋窩の硬膜と架橋している場合
にはてんかん手術の基本である、subpial removalを行うことにより、無用な架
橋静脈の犠牲を避けることができる。 また中頭蓋窩より後頭蓋窩病変を手術
する場合(middle fossa approach)にはテント切開は必須であるが、その場合に
しばしばテント内の静脈洞が異常に発達していて難渋する症例がある、従って
本アプローチの初期の4例ではテント切開を加えて早期に迂回漕のくも膜を切
開し髄液を吸引し、脳をslackにしていたが、その後の症例ではテント切痕を
同定し、その内側の迂回漕でくも膜を切開し、髄液を吸引すれば脳を充分slack
にできるので、テントの切開は行っていない。
側頭下アプローチで側頭葉の損傷を避けるための2つのKey pointは@
側頭葉を挙上するこの初期の脳圧排の圧が高くなりがちであるので、これを避
けるためにテントと平行に顕微鏡の方向を保ち(術者が患者頭部の後方からテ
ント切痕のスペースをlook upするようにアプローチする)初期の側頭葉挙上
を最小限に押さえ、迂回漕からの髄液吸引を充分に行ってから、側頭葉の挙上
の程度を上げることである。 Aまたラッベ静脈の損傷や圧排を避けるために
は側頭葉の下面の硬膜を切開して側頭葉を後方の硬膜と一緒に挙上するのがこ
つである。
このようにして、脳をslackにして側頭葉をわずかに挙上するとfusiform
gyrusが容易に同定できる。 脳表の静脈を避けて皮質を切開し側副溝方向に
向けて皮質切開を進め、約1−2cmで側副溝に達したらさらに溝を上方にたど
り、吸引管で白質を前後方向に吸引すると下角に達する。 下角に達するこの
部分がこの手術のkey pointとなる。 側頭葉下角が拡大している症例では比較
的簡単に下角に達する。
下角を充分に開き、海馬をその先端部から脈絡叢点(choroidal point)まで
露出する。 海馬・傍海馬回(嗅内野)を中脳脚から挙上し海馬頭と脈絡叢点
をれぞれ前端・後端として可及的にen blocに摘出すべく周囲組織より鋭的に離
断して行く。 この際に内側方向にはさらに傍海馬回があるので、より内側の
切除はこの段階では止め、前端・後端・内側の順に離断を進め、さらに海馬を
挙上する。 挙上することにより、海馬溝が同定できそこへ出入する海馬動脈
や静脈が吊り下がるように同定できる。 そこで後方から順に電気凝固・切断
の操作を繰り返すことにより、海馬と周囲のconnectionが断たれる。すなわち
海馬がen blocに摘出できたことになる。
海馬が摘出できたら、残りの内側傍海馬回の摘出および扁桃体の摘出に
移る。 内側傍海馬回を摘出後、扁桃体の下端を挙上すると前脈絡叢動脈およ
び視策が同定できる。 これらを損傷しないように注意しながら、扁桃体を可
及的にen blocに摘出する。 初期のころは扁桃体とその上部構造との境界の同
定が困難であったが、経験ととともに上方のanterior perforated substanceあ
るいは痰蒼球との境界が弁別できるようになった。 恐らく現在行われている
手術のほとんどで扁桃体のbasalateral nucleusのみの摘出が行われていると思
われる。 我々の手術法ではcoricomedial nucleusも摘出可能である(図19)
が、側頭葉てんかんの治癒にcorticomedial nucleusの摘出が本当に必要である
かは不明である。 
扁桃体の摘出がすめば、選択的海馬扁桃体の手術の完成である。 脳底
静脈・後大脳動脈・前脈絡叢動脈・視策・後交通動脈・動眼神経・中脳などを
死腔に認めることができる(図20)。 本手術では前脈絡叢動脈・海馬動脈な
どすべてのvital vessels/structuresをその末梢部終末部位で捉える17)ために、
それらの近位部での損傷がおきない点に最も大きな利点があると考えられる。
以上側頭葉てんかんの外科解剖について概説した。 特に我々が開発した側頭葉
下部からの接近法について詳述した。 この手術法が他の方法に比して神経心理
学的優位性が一部明らかにされているが、さらに今後検討して行きたい。最近で
はガンマナイフによる選択的海馬扁桃体手術が行われるようになってきているが、
今後の長期追跡結果と他法に比べて優位性が立証されて行くかもしれない。 し
かし、聴神経腫瘍の観血的手術がガンマナイフが出現しても、消滅しないどころ
か、むしろガンマナイフの初期の熱狂的な支持が無くなっているように、観血的
てんかん外科治療が消滅することはありえないと筆者は考えている。
文献
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図表の説明
図1:左側頭葉を前交連後交連線(Talairach)に平行に置いた外表面の説明。 
CS:central sulcus, T1と T2の間の溝が上側頭溝、この2つの溝に側副溝を加え
た3つが人脳で最も深い脳溝である。Precentral sulcus とsylvius溝の交点から
後下方に向けて(図でT2とASの間の溝を利用してT1,2,3を切除するのがOlivier
の手術法である。
図2:Ojemannの成人(2−1)小児における(2−2)言語マッピングの結果。
個人による変異が特に小児において著しい。 これらの結果について疑問を持つ
神経内科医もいるが、これらの結果をもとに手術を行っての結果であるので、単
なる刺激による言語野の同定とは意味合いが異なる。 脳外科医としてはこれら
の結果を手術の際には考慮に入れる必要がある。
図3:Ojemannの言語マッピングを行なった結果に基ずいての手術結果で、言語
野と同定した部位より、1cmはなれた部位までで切除を留めると約1週間で例え
言語障害が出現しても、回復するが、1cm以内に切除範囲が及ぶと恒久的な障害
が生じるという。
図4−1:(側頭葉平面の上面)、4−2:(前面と側頭葉平面を通過する血管
を示している)これらの血管を立体定位血管撮影で同定し、近似計算すれば最も
正確な側頭葉平面の面積が算出できる。
図5:Geschwindのsylvius溝に平行に切断して側頭葉平面を計算する方法は、
誤りである。右では特に実測値より低い値となる。
図6:側頭極の解剖。側頭極は側頭葉内外・前頭葉底部などの構造と連絡があり、
記憶に関与する。 Olivier;Spencerなどの手術法ではこれらの構造を切除してい
る。
図7−1紡錘状回。第4の言語野とみなされている(Luders)。 しかし、この部分
を切除;切開しても言語障害は起きない。7−2:Posterolateral subtemporal
approachではこの言語野hot zoneを避けてアプローチ可能である。しかし、現
在まで我々の硬膜下電極による刺激法で言語障害が惹起されたことはない。
図8:右の鈎の内側面。Uncal sulcusはhippocampal sulcusに移行している。
図9:右hippocampal formation後部の内側面。
図10:内側側頭葉の上面よりみた、扁桃体・海馬・海馬傍回と前脈絡叢動脈・海
馬動脈との関係。
図11:扁桃体を前方・外側面から見た図。Corticomedial;basolateral nuleusの
関係が示されている。
図12−1:側頭茎は側頭葉全体の情報の出入路でこの障害により記憶障害が起き
る事が報告されている。12−2,3:我々の手術例の術前・術後のMRI像。海
馬・扁桃体レベルでも、必要充分な切除が行われているが、側頭茎は温存されて
いる。
図13:Olivierの左側頭葉の標準的な切除法。 PC(precentral sulcus)より斜め後
下方にT2,3を切除する(左)。 CUSAを低出力にして、うまく血管を温存して
subpialに側頭葉を除去して行く(右)。
図14−1(側面像)、14−2(前後像):右外側後方のてんかん焦点のある例
での側頭葉切除プラン。中脳水道より前方で皮質下構造の切除を留めれば、1/4盲
で留めることが可能である
図15:SpencerのAnteromedial temporal resectionのSchema。説明本文。
図16:我々のposterlalateral subtemporal approach.の体位。
図17:我々のposterlalateral subtemporal approach.の皮切。扁桃体が高位にあ
り、その切除が必要である場合には、cosmetic mastoidectomyを行ない、内側低
位から接近すると、扁桃体の切除が完全で非侵襲的に行なうことが可能である。
図18:本アプローチを行なった患者での海馬・扁桃体・Labbe静脈・アプローチ
の方向の相互関係を示すschema (AC-PC line, Talairachを示してある)。
図19:左posterlalateral subtemporal approach.の手順を示す、術中写真。上段
左では、mastoidectomy, retrrolabyrinthine drillingで外側三半規管(*)を示
してある。上段中ではLabbe静脈が術野に見えているが、sinodural angleには硬
膜切開は及んでいない。上段右では顕微鏡の角度をアプローチ方向に合わせて、
最小の脳圧排でテント切痕の内部の迂回槽が露出され、矢印で示される滑車神経
を同定、損傷されないようにくも膜を切開し髄液を吸引し脳をslack1にする。そ
の後脳圧排して、紡錘回を同定し下角に達する。海馬(下段断左HH)をen bloc
に除去、ついで扁桃体(下段中A)を完全に切除、下段右では後大脳動脈(PCA)・
前脈絡叢動脈(Ach)・視策(II)・後交通動脈(Pco)・動眼神経(III)などが示されてい
る。
図20:本アプローチで手術した、患者の術後MRIで扁桃体の完全な切除が示さ
れている。