脳性麻痺医療はどこまですすんだのか

2003年11月8日加筆

創風社 千田顕史

「なぜ日本の脳性麻痺医療はおくれてしまったのか」を整理してから1年5ヵ月がすぎました。この1年5ヵ月間に出合ったことを中心に、今、私なりに考えている問題点をまとめてみました。
 障害は個性であるという考え方が以外にあちこちにある・・・・・・障害が個性であるならば治療する必要はないわけで、まして障害を軽減する医学研究等必要ないことになります。脳性麻痺児の場合、成長するにつれて骨は成長し、筋肉が固くなっていくので変型が進行します。障害が進行しないのは脳だけで、身体全体は悪化するので医療は必要と思います。

 全国各地から、直接脳性麻痺の本の注文をもらい、そのとき地方の治療のようすをききます。ほとんど大部分は、訓練中心で痙性を弱める手術について検討している話をきくことはありません。また、現在の痙性の強さなら10才〜20才で、股関節を脱臼する可能性があるとか、そういう成長後の病像について話された人もいません。この障害にとりくんだ医療関係者、養護学校の関係者なら5〜10年後、どういう状態になっているか予想がつくと思うのですが、訓練をすすめるだけで、将来については何も言わないそうです。なぜでしょうか。

 脳性麻痺児の足が細いのはなぜか?・・・・脳性麻痺の子どもたちの痙性があるところは筋肉の発達が悪く、いくら訓練をしても太くならないことをかなり見てきました。私にヒントを与えてくれる2つの事例があります。1つは、京都の保育園の園長さんが福岡の新光園に脳性麻痺児の相談にいった時、出会った成人の患者です。その人は松尾隆先生に10年以上前に、片方の痙性をとる手術(整形外科)をうけていて、手術をしていない方の股関節が脱臼して痛みがきて松尾先生のところにきたそうです。10年前に手術をした方の足は太く、血色も良かったそうです。手術をしていない足は細く、血色が悪かったそうです。もう1人は3才ぐらいで東京女子医大(平先生)で脊髄後根手術をうけた子どもで、手術後2年ぐらいたって、会いました。腰からヒザまでは普通の子のように足が太く、筋肉がついていました。ヒザから下までは脳性麻痺の子どもの足で筋肉があまり育っていません。お父さんはリハビリをなまけていたのでと言っていましたが、手術の内容(どの部分の脊髄後根の手術をしたか)をよくきいてみましたら、私なりの判断ができました。筋肉の育ちの悪いヒザから下を支配する脊髄の後根はS1〜S3です。ここは同時に膀胱(S2〜S3)も支配している神経なので、ここの痙性は手術していないそうです。脳外科の手術でも痙性をとったところは筋肉の育ちがよく、痙性があるところは育ちが悪いのは、整形外科と同じようです。痙性は、タンパク質の分解をおさえるので、筋肉が育たないというニュースを見たことがあります(医学論文では確認していませんが)。どう痙性を手術でとるか(何才のとき、どの部分を)がポイントで、痙性をとらないでどんなに訓練をしても改善は望めないと思います。脊髄後根手術と整形外科による痙性コントロールの2つの手術をうけた子(6才)のお母さんは、痙性を手術しないで訓練だけするのは時間と金のムダとまでいっています。こういうことをこの1年半感じながらいました。「脳性麻痺の治療の中心は訓練」という日本の医療システムの中で、多くの子どもたちが重度になっていっています。重度にならない医療(痙性をコントロールする手術)があるわけですから、この医療がどうしたら内容的にも前進し、必要とする子どもがみんな受けられるようにするにはどうしたらいいのか考えています。脳性麻痺医療の中心は痙性(Spasticity)をどう治療するかですが、日本の医療の現状は痙性をコントロールできる整形外科、脳外科はまだ少ないのです。

痙性とは何か・・・・・筋肉を動かす神経は脊髄から出ています。脊髄の中にあるα運動ニューロン,γ運動ニューロンが興奮状態にあり(出産時の酸欠あるいは後天的な頭部外傷によって、脳からの抑制作用がこわれたため)、その興奮した神経が支配する筋肉が緊張状態にあり、だんだん硬化していくので、関節は変型し、脱臼を引きおこし、上半身の痙性は呼吸する筋肉を硬化させ、呼吸機能を弱める。・・・・・この痙性をコントロールするには、脊髄レベルで興奮をおさえる(脊髄後根手術、脊髄に直接薬を入れる)、末梢神経レベルで手術(神経縮小術)、筋肉・骨・関節レベル(OSSCS 選択的痙性コントロール整形外科手術)がありますが、この手術は全国の療育センターの医療関係者は知らない人も多いのです。本やインターネットで情報は公開されています。それぞれの長所、短所をよく調べて、もっとも適した年齢で手術をうけることが大切と思います。養護学校の養護訓練や療育センターの機能訓練で痙性がとれることはないと思います。
 どこに行けば、発達・成長を阻害している痙性だけをコントロールできる手術があるか、自分の力で勉強するしかないと思います。

痙性手術の時期的限界をどう判断するか・・・・・・・同じ手術をしてもタイミングによって全く効果が違います。脊髄後根手術と神経縮小術の限界は、筋肉がまだ硬化していない(神経の興奮をおさえると筋肉の緊張がとれる)学童期前半ぐらいのように思います。もちろん痙性が強ければ8〜10才で筋肉が硬化しているかも知れません。
 整形外科では、関節が脱臼する前です。脱臼まですすむと、効果も小さくなり、手術の負担も大きくなります。
 それぞれの子どものタイミングは痙性手術の専門家に小さいときから相談して、タイミングがきたときにするのがベストのようです。
 緊張をおさえる薬もいろいろ使われていますが、口から飲んだ薬は、脊髄で調べるとほとんど検出されないそうです。そのため、アメリカ、フランスでは口から飲むのでなく、脊髄に直接注入(口から飲む1000分の1ぐらいでも十分)する方法が多くとられているとのことです。日本でも04年4月からその治療が始まるそうです。