いうまでもなく,フィヒテ『全知識学の基礎』(1794/5年)は,人間知の基礎づけを究明する,極度に抽象的な書物である。しかしながら,どうじに看過されてはならない点は,『全知識学の基礎』がもっとも優れた意味での「実践優位」の書物にほかならないこと,である。このスタンスが堅持されるからこそ,『全知識学の基礎』のあと,『知識学の原理にもとづく自然法の基礎』(1796/7年)や『知識学の原理にもとづく道徳論の体系』(1798年)が出されるのであり,さらに後期においても,『ドイツ国民に告ぐ』(1808年)の出版や『国家論』(1813年)の講義が遂行されるのである。こうした実践的なものへの関心の持続は,知識学そのものの核心に通底するものである。フィヒテの実践的なものへの視点は,倫理・宗教から国家や歴史までを射程におさめた包括的なものであるが,本書では,とりわけ政治的なものに着目する。「実践優位」の徹底化の帰結が政治的なものだからである。
以上の角度から,本書は,『全知識学の基礎』の内在的解釈をとおして,理論的なものと政治的なものとの接点に焦点をあてる。すなわち,従来主として理論的解明に力点がおかれてきた『全知識学の基礎』研究の制約を突き破り,政治的なものとの具体的広がりを,承認論や平和論のみならず,ユダヤ人問題,さらには(フィヒテ政治思想の)日本受容にいたるまで,あらたな視点から究明する。
目 次
はしがき――本書の課題と構成 木 村 博
第一部 『全知識学の基礎』と政治的なもの
第一章 第一根本命題と立言判断 木 村 博
第二章 理論的知の臨界 ――『全知識学の基礎』における
観念論と実在論の相克―― 大 河 内 泰 樹
第三章 「永遠平和論論評」と知識学 新 川 信 洋
――カントとフィヒテの接点としての平和論――
第四章 相互承認論の原理と射程 片 山 善 博
――フィヒテとヘーゲルの承認論――
第五章 承認と応責 馬 場 智 一
――フィヒテとレヴィナスによる`自然状態における闘争への二つの批判――
第六章 ドイツユダヤ人による受容から見るフィヒテ政治思想 船 津 真
――「ナショナルヒューマニズム」をめぐる同化主義とシオニズムの言説を中心に――
第七章 フィヒテ政治思想の日本受容 栩 木 憲 一 郎
――主にナショナリズム解釈をめぐって――
第二部 フィヒテ哲学の諸相
I 座談会:フィヒテのアクチュアリティ 入江 幸男・岡田 勝明・木村 博
II インタヴュー:ホフマン教授に、フィヒテにおける自然および言語の問題を問う
聞き手:木 村 博
コラム
「初期フィヒテの啓蒙思想」 宮 本 敬 子
「自我と抵抗――ビランとフィヒテ」 神 山 薫
「フッサールとフィヒテ」 村 田 憲 郎
「フィヒテとベンヤミン」 三 崎 和 志
「フィヒテと江渡狄嶺――像と場」 木 村 博
あとがき 木 村 博
資料編 日本語で読めるフィヒテ文献目録 色 摩 泰 匡
フィヒテ年譜 色 摩 泰 匡