てんかん発作のメカニズム


東京女子医科大学 脳神経外科

堀智勝

 100年前にジャクソンてんかんで有名なJohn Hughilings Jackason(1873)は「てんかんとは脳灰白質のニューロン群による偶発する,突然の,過剰な,速い,そして局所的な発射(occasional,sudden,excessive,rapid and local discharge)である」と定義しています。また,世界保健機構(WHO)編纂によるてんかん辞典では「てんかんとはさまざまな原因でおきる慢性の脳疾患で,脳の神経細胞(ニューロン)の過度の放電に由来する反復性発作で,多種多様な臨床症状と検査所見を伴う」,と定義されています。Jackasonはてんかんの病因はいろいろであり,脳腫瘍,血管奇形,外傷や感染などいろいろな病態で生じますが,そのすべてに共通して,発作焦点epileptogenic focusあるいはてんかん原性域(epileptogenic zone)という部位が脳の灰白質に存在すると考えたようです。Jackason以来てんかんの原因となる器質的病巣が明らかか,そうでないかによって特発性てんかん(全般発作を呈する)と症候性てんかん〈部分発作を呈する〉に2分類する分類法が行われてきました。しかし,レノックスガストー症候群とウエスト症候群が発見され,器質的病変があっても全般発作を起こす症候群があることがわかり,前述のような2分類法は適切でないことが判ってきました。現在広く用いられるようになってきた国際分類法ではてんかん発作型分類とてんかん分類を明確に区別しています。
 発作型分類では,病因に関係なく個々の発作を,発作間欠期脳波所見,発作時脳波所見,発作の臨床症状から部分発作と全般発作の2群に分けます。部分発作とは,大脳の一側かその一部から生じる発作を意味します。また発作時の意識消失の有無により複雑(意識消失あり)と単純(消失なし)に分類します。また単純から複雑,さらに二次性全般化にいたる発作もこの範疇に入れます。全般発作とは発作の起始から両側の大脳半球が発作に同時に巻き込まれているもので,脳波所見と臨床所見からさらに6つに再分類されています。個々の患者さんはいつも同じ発作を呈する事もあり,いくつかの発作を組み合わせて持っていることもあり,分類は複雑になりがちですが,主な発作型を臨床症状・脳波所見から把握し,次に病因を確定します。その際に発作型・病因をそれぞれ二分する四分分類法が基本となります。
 神経疾患の中で,てんかんは最も罹患率の高い疾患です。総人口の約1%といわれています。生涯1回でも発作を起こす可能性は約10%,2回以上経験する人は約4%,頻回発作を起こし薬物を必要とする人は約1%です。従って日本全体ではてんかん患者は約100万人と推定されています。このうち約4分の3の患者は薬物で良い治療効果が得られています。難治てんかんはてんかん患者の約27%にみられ,部分発作の2次性全般化・レノックスガストー症候群・複合型発作などが特に難治です。難治てんかんとは適切な薬物治療にもかかわらず,通常月に1回以上の頻度で発作を起こす場合をいいます。難治になりやすいてんかんは局所関連性(部分)症候性てんかんのうち,側頭葉てんかんと前頭葉てんかん,全般'・症候性てんかんのレノックスガストー症候群です。発作型では,強直発作,複雑部分発作,強直間代発作,非定型欠神発作,失立発作,などです。
てんかん脳
てんかん脳には下記の6つの異常域が見いだされています。
1 構造異常域―CTやMRIで示される形態的な異常域。脳腫瘍・血管奇形・外傷・炎症・萎縮などで,そのうちその周囲あるいは内部から発作が生じる部分をてんかん原性病巣と名付けています。
2 機能欠落域―PETやSPECTでみられる低糖代謝領域あるいは低血流領域や脳波で局所的に徐波が見られる領域。
3 脳波異常域―発作間欠期の脳波で散発性に棘波の見られる区域。興奮域ともいいます。
4 発作起始域―発作発射の初発する区域。ペースメーカー域ともいいます。
5 症状発現域―発作発射の初発あるいはその伝搬によって,臨床症状を呈する領域。
6 てんかん原性域―臨床的にてんかん発作を呈するに必要で,かつその切除によって発作を抑止可能な領域。
 これら6つの異常域相互の関係は,症例によって異なり,同じ発作を呈する症例でも6つは必ずしも一致しないので,症例ごとに精密なてんかん原性域を決定しなくてはなりません。てんかん原性域の決定ができ,その部分を切除することによって神経脱落症状(記憶低下・麻痺)などの副作用がおきないと判断された場合にてんかん外科による,てんかん原性域切除術が適応となります。
 てんかん発作のメカニズム
1 けいれんをおこす神経細胞:
急性てんかんモデル:抗生物質であるペニシリンを大脳皮質に塗布すると発作焦点を作成することができます。発作焦点の神経細胞を生理学的に調べますと,振幅数10mV,持続数10msecから100msec以上に及ぶ大きな脱分極(発作性脱分極変位:paroxysmal depolarization shift)が反復して出現し,その際500/秒以上の高頻度でスパイクが見られます。その後数100msecから2秒にも及ぶ長い持続的過分極に移行します。ペニシリンで作製した猫の皮質焦点では脳波の棘波に一致して神経細胞一つ一つが興奮しています。このペニシリン焦点の近傍の皮質を電気刺激しますとこの刺激に誘発された皮質脳波棘波に一致してPDSが細胞内で認められ,刺激が繰り返されると焦点内外のすべての神経細胞が同期して興奮するようになり二次性全般発作を呈します。
 慢性てんかんモデル―グルタミン酸の興奮性アナローグであるカイニン酸の脳内扁桃体投与によっても,人の内側側頭葉てんかんと類似の内側側頭葉てんかんモデルができます。注入後14-21日で脳波では自然発作が観察されるようになります。猫は行動の停止;散瞳;同側の顔面のクローヌス―舌なめずり―反対側に顔面を回転させます。扁桃核に注入されたカイニン酸は扁桃核からの線維連絡の強い嗅内野に発作を誘発し,穿通線維を介して穎粒細胞を刺激し,顆粒細胞の軸索であるモッシー線維が海馬のCA3錐体細胞を強く刺激します。代謝要求と脳血流の不適合が生じ,血液脳関門が破綻し局所にカルシウムが沈着しアシドーシスが起こり錐体細胞が強く障害され,脱落壊死をおこします。この錐体細胞の脱落と平行して穎粒細胞の軸索であるモッシー線維の発芽が起こりいわゆる海馬硬化がおきます。この海馬硬化が内側側頭葉てんかんの本当の原因かどうかについては結論が出ていませんが,人の内側側頭葉てんかんでは,この硬化した海馬・傍海馬回・扁桃体を切除すると,80%以上の症例で発作の消失が得られることは事実です。前述のペニシリンてんかんモデルでもペニシリンを洗い流したり,塗布した皮質を除去したりすれば発作が消失するわけです。また,人のてんかん焦点でも前述のてんかん性神経細胞の発射が観察されています。図1は我々が1975年にEEG&Cline Neurophysiolに発表したものです。難治性後頭葉てんかん患者の皮質脳波記録で発作焦点と思われる部位で神経細胞の細胞外記録を行ったところ,図1に示すような脳波の棘波と一致して発射するいわゆるてんかん神経細胞(epilepticneuron)が見いだされました。この部分を局所的に切除したところ難治であった発作は消失しました。摘出標本の病理ですが,現在ではcortical dysplasia(皮質形成異常)と診断可能な,異常に膨張した神経細胞やその配列の乱れが観察されました。
 以上,てんかん発作のメカニズムについて現在の所,明確な説明は困難です。特に全般発作のメカニズムは不明といって良いでしょう。しかし,冒頭にも述べたようにてんかんとは「脳ニュウロンの過度の放電による反復性の発作であり,多種多様な臨床症状と検査所見を伴う」と定義する事ができるわけですから,ヒトの異常な興奮性を獲得した神経細胞の存在がてんかん発作を惹起し,その発作のうちの約4分のーが難治性発作を呈すると言えます。人の海馬でのこのような神経細胞の発射記録は殆ど報告されていませんが,脳波上の多発性棘波が存在する以上,ニュウロンの異常な放電があることは間違いないと思われます。難治性のてんかん患者でこのような異常発射を起こしている神経細胞群の切除あるいはガンマナイフなどの照射によって難治性てんかんが治癒することが外科治療の合理性を示していると思われます。そしてこの摘出した神経組織の生理学・生化学・病理学さらには分子生物学的な検索こそが本論文の課題である,てんかん発作のメカニズムを解明するものと思われます。



図1ヒト後頭葉てんかん焦点で記録されたてんかん性神経細胞発射。皮質脳波の棘波のピークの前後に一致して神経細胞の発射が見られる。この異常な神経細胞群の認められた皮質の小切除で難治性てんかんは治癒した。

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