日本科学者会議「教育基本法と科学教育研究委員会」編 

教育基本法と科学教育


A5 判上製 184頁  本体1700円

発売中

はじめに

 この書は,はげしい怒りときびしい反省の上に立って編まれたものである。怒りとは,文部省(現文部科学省)とそれに連なる者たちに対するものである。反省とは,いうまでもなく私たち自身についてのものである。
 怒りとは,教育行政者たちが,戦後一貫して誤魔化してきたことである。つまりアジア太平洋戦争後の教育は,教育基本法を文字どおり基本として平和的国家および社会の形成という社会的課題に対して教育の側から応えるものとして進められるべきものであったにもかかわらず,そのとおりにせず,あるいはそれに反することによって,子どもたちを不幸にし,教育界に多大な混乱と問題を発生させたことであり,それに加えて,それを理由に教育基本法を改悪して,教育の基本を根本から変えようとしていることである。
 日本の教育の諸悪の根源は教育基本法の精神を基本としなかったことにある。理科教育でいえば,1950年代を境にして,戦後復興と民主国家形成を目標にしたものから経済優先を目標にしたものへと転換した。小学校理科は戦前の国民学校時代の理科がそのままの形で温存され,中学校理科は高校理科(大学自然科学系の準備教育という性格のもの)の準備教育と化した。生活単元学習から系統学習への転換という教育学者もいるが,それは表面的なことである。
 反省とは,私たちがこれまで子どもの気持ちを汲み取って科学教育をしてきたのだろうかということである。皆無とはいわないものの,ほとんどしてこなかったというのが,私たちの反省である。ある者は,子どもの反応,興味・関心がどこにあろうとかまうことなく,科学の成果を絶対視して,その断片を押しつけた。これは受験指導(教育ではない)と重なって正当化された。また,ある者は,子どもたちの気持ちを,自分たちの教えたいことに向けさせて教えた。それは,それぞれの教師の努力によって,表面的には子どもたちの関心をよび,興味をわかせたから,それが科学教育の最上のあり方と思う者もいた。
 しかし,それが本当に子どもたちの学びたいことに応えるものであったかどうかは不明である。子どもの表面的な学習要求は,彼等の生活や観念の世界から出される。したがって,科学教育のもっとも重要な特徴の一つである,日常的世界から抜け出た広い,深い世界に対する具体的な関心,興味は生まれようはずもない。だからといって,子どもの世界から外れたところで教えるものを決めて,それに子どもが関心・興味を示せばよいというわけにはいかない。子どもたちの学ぶ要求は,不明確で漠然として,抽象的なかたちで出されることがある。それはしばしば第三者には理解しがたいものであり,見過ごされやすいものである。しかし,そうしたものこそ,子どもたちが自分たちの世界から抜け出ようとする思いから発したものであると理解できる。それは,子どもにとって本質的な学びを含んでいるはずである。それをどう具体化して受けとめるか,どのようにして子どもとその世界に深まりと広がりを与えるかが,いわば教育の役割りだと感じる。
 学びとは,未来の生活の準備としての意味をもち,自己変革の過程である。それは子どもの自己運動である。それに対して人類の歴史とその中で探し当てた広い意味での人間の生き方が何ができるかというのが教育の問題である。
 この書は,おそまきながらこうしたことに気付き編まれたものであるが,その反省に立って動き出したばかりのところであるために,未熟で全体としてまとまりに欠ける。多くの方々のご助言とご叱正を期待したい。  

(岩田 好宏)


目  次


はじめに

序章 教育基本法と科学教育をめぐって…………………………岩田 好宏 

第1章 教育基本法成立と科学教育構想…………………………中田 康彦
  はじめに  
  第1節 教育刷新委員会発足に到るまでの政策状況 
  第2節 第一特別委員会の発足 
  第3節 「科学教育」条項の不成立 
  第4節 「真理の探究」と科学教育 
     1 「真理の探究」の抽象性 
     2 真理の探究は教育の目的か過程か 
     3「真理の探究」の一時的承認 
     4 「真理の探究」から「真理の開明」への転換 
     5 前文からの削除 
  第5節 教育における生活と科学の結合 
  まとめにかえて 

第2章 敗戦直後の科学教育政策と教育基本法………………三石 初雄  
  はじめに 
  第1節 敗戦直後の「科学教育振興」論と「自主的」「積極的」
      改革の試み 
     1「否定的な処置」の実施と「自主的」「積極的」改革の試み 
     2 敗戦直後の学校教育現場からみた科学教育振興 
       ――文部省による調査報告をもとに――
  第2節 戦後初期における総合的教育指針としての『新教育指針』 
     1 敗戦直後における「科学的精神」論の問いなおし 
     2 『新教育指針』にみる「科学的精神」論 
  第3節 敗戦直後の「科学的精神」論と教育基本法 
     1 『新教育指針』と藤岡由夫の科学教育論 
     2 藤岡の科学教育論と『新教育指針』 
     3 敗戦直後科学教育論と小倉の「科学的精神」論 
     4 『新教育指針』と教育基本法 

第3章 民主的精神と科学的精神を目ざして………………島崎  隆 
     ――教育基本法を支えるもの――
  第1節 教育基本法の危機 
  第2節 「人格の完成」とは何か? 
  第3節 民主的精神とは何か? 
  第4節 科学的精神とは何か?  
     1 基本法成立の背景に関連して 
     2 科学的精神の限界? 
  第5節 民主的精神と科学的精神の相補性 
  第6節 民主的・科学的精神にもとづく授業実践 
  第7節 新しい科学(教育)観へ向かって 
     1 科学(教育)観の二段階的発展 
     2 科学の三側面 
     3 動的・相対主義的科学(教育)の試み 

第4章 教育基本法「改正」論議と科学教育…………………中田 康彦               
  は じ め に 
  第1節 教育基本法「改正」論議のこれまで 
     1 代わる教育憲章の要求 
     2 解釈改正の試み 
     3 明文改正への強い動き 
  第2節 近年の教育基本法「改正」論議の特徴 
     1「改正」の必要性を調達する手段としての教育振興基本計画 
     2 政策の総合化が意味するもの 
  第3節 「改正」論がめざす教育像 
     1「時代や社会の変化に対応した教育」
     2 “期待される人間像”1 ――「日本人」―― 
     3 “期待される人間像”2 ――「人材」―― 
     4 分裂した国民像 
  第4節 科学技術政策の展開と「改正」論議の類似性 
     1 科学技術基本法の制定と附帯決議 
     2 科学技術基本計画が掲げる科学技術教育の課題 
     3 重点的資源配分方針の表面化 
  第5節 科学技術教育の展開と問題点 
     1 二つのモデル事業 
     2 機会均等原則との関係 
     3 科学の矮小化 
     4 科学技術政策のコロラリーとしての科学教育へ 
     5 数値指標化の制度体験の弊害 

第5章 教育基本法と自然科学教育………………………………生源寺孝浩 
  第1節 「憲法・教育基本法を実践の羅針盤に」をどうとらえるか 
     1 はじめに――問題提起 
     2 そもそも羅針盤とは何か 
     3「憲法・教育基本法を実践の羅針盤に」とは 
     4 教育基本法はどういっているか 
     5 憲法・教育基本法と教育の目的 
     6 何こそ実践の羅針盤となり得るのか 
  第2節 自然の教育と教育基本法 
       ――生き生きとした学びを保障するということ――
     1 第2節のはじめに 
     2「ものとその重さ」の学習で仲間とつながる力をつける 
     4 最後の仕上げは「空気の重さ」で 
     5 実践記録だけでは「羅針盤」たりえない 

第6章 教育基本法と小学校環境教育実践………………………大森  享 
     ――行動知をめぐる考察――
  はしがき 
  第1節 住民運動から学ぶ環境教育実践 
     ――「ぼくらはトンボ探検隊・1995年度 小学校5年生」 ――
     1 実践事例概略 
     2 実践事例分析 
  第2節 子ども達が現実世界に当事者として立ち現れた環境教育実践 
      ――「川に池を掘った子ども達・1999年度 3年生」19)――
     1 実践事例概略 
     2 実践事例分析 
  第3節 行動知と教育基本法 
  第4節 行動知を育てる子どもの参画 
  あとがき 

第7章 教材編成の基本を教育基本法から考える…………岩田 好宏 
――教師は子どもたちとどうかかわるか――
  はじめに 
  第1節 教育課程のありかたを探る  
     1「かわりだね・はしりもの」探しの意味するもの 
     2 学習の視点を定めることの意味――生物教育の目標は何か  
  第2節 教材編成の原則 
     1 子どもの学びの系統に沿って教材を編成するために 
     2 教育で教師は子どもとどうかかわるか 
     3 教材の順次性 
  第3節 教材単位というものを考えた  
     1 生物教材を五つのカテゴリーから組立てる 
     2 五つのカテゴリーから具体的に教材を組むと 
     3 教材単位 
     4 教育課程は統一的であってはならない 
  おわりに 

 あとがき
 

執筆者
岩田 好宏 子どもと自然学会副会長・自然科教育
大森  享 北海道教育大学釧路校助教授
島崎  隆 一橋大学教授・哲学
生源寺 孝浩 岐阜大学地域科学科・元岐阜市立常盤
        小学校教諭,初等自然科教育
中田 康彦 一橋大学講師・教育政治学
三石 初雄 東京学芸大学教授・教育学

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